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年金と雇用のグランドデザイン

2024年9月13日に、主催している「これからの年金・雇用・資産形成研究会」の企画でセミナーを実施しました。
タイトルは『2024年財政検証からみる年金と雇用のグランドデザイン』

会場とZoomのご参加者・登壇者を含め約60名で、これからの年金と雇用の在り方について議論をすることができました。今回はセミナーレポートとして概要をお伝えいたします。

「これからの年金・雇用・資産形成研究会」は、年金と雇用の最新動向について、弁護士・税理士・社会保険労務士などの士業とFP、人事労務担当者が今後どのように対応していくべきか横断的な議論をする研究会です。運営メンバーは30~40代ということもあり、同世代である氷河期世代や子育て世帯の視点も重視して雇用と社会保障の在り方を検討してきました。
2019年から毎年1回セミナーを行い、過去の開催テーマは『2019年財政検証』『適用拡大』『70歳就業と年金法改正』『人的資本時代の働き方・資産形成・社会保障~骨太の方針2023と課題の本質~』など、年金と雇用についてオープンな意見交換をする場となっています。

昨年のセミナー開催後、運営メンバーで「働き方・資産形成・社会保障が今後どうあるべきか、グランドデザインのようなものを示したい」という話になり、財政検証という節目でもある今年のテーマが決まりました。

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【開催概要】
7月3日に「2024年財政検証」が発表されました。この結果をもとに今後の年金法改正の議論が進んでいくことになります。一方で人手不足の深刻化や働き方の多様化が進み、雇用環境も大きく変化しています。

これからはどのようなライフプランが想定され、どのような雇用環境になっていくのか。

年金と雇用は深く関わっていますが、今働いている現役世代の人たちが将来にわたって安定した生活設計を描くには、年金をはじめとする社会保障制度の安定と、時代に合った雇用環境整備、そして企業や個人の変化対応力が求められます。
本研究会第5回目となるセミナーでは、第一線で活躍し一次情報に触れる3名の登壇者と年金、雇用、経済状況について横断的にディスカッションをすることで、これからの年金と雇用のグランドデザインを考察してまいります。
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年金:『2024年財政検証と法改正に向けた論点』
ミクロエコノミスト 是枝俊悟 氏
社会保障審議会年金部会 委員/「35歳から創る自分の年金」(日本経済新聞出版社)著者

年金部会の委員でもある是枝氏からは、今年の財政検証から今後の動向をみる上でのポイントについて、
・さらば「モデル年金」今後は、「平均年金額」で長期傾向を見るべき
・労働市場と厚生年金への包摂が最大の課題
・基礎年金が減りすぎることにどう対処するか?
という3つの論点から解説をしていただきました。

今年の財政検証より、会社員の夫と専業主婦の妻を想定した「モデル年金」とは別に、「平均年金額」というものが示されるようになりました。「平均年金額」とは、厚生年金の加入の有無や配偶者の有無などを問わず、同じ年度に生まれた者に支給される年金額を男女別に総平均したもの。時代は変わり、夫婦でも共働き世帯が多くなり単身世帯も増加しています。
是枝氏も「今の20代が40代になるころには、モデル世帯はいなくなっているはず」と言っていましたが、確かに40年会社員をして40年専業主婦の世帯というのは令和時代において現実的ではありません。平均年金額であれば、単身世帯でも夫婦であったとしても中長期の指標として年金の動向をつかみやすくなり、法改正の議論をする上でも有用です。

今回の財政検証では、女性や高齢者の労働参加が進んだことで年金財政が改善したことが示されましたが、今後も両立支援施策が整っていけば、妊娠・出産がキャリアの障壁ならず正社員として働き続けられる可能性が高まりますし、高齢者就業の施策が進めば、男女とも厚生年金に加入して働く期間が長くなり、自然と年金受給額も上がっていきます。

厚生年金の加入者が増え雇用環境が改善することこそが、年金制度の維持に大きなインパクトを与えることがデータで示されたことからも、改正の方向性としては、厚生年金の適用拡大を進めること、労働参加を阻害しない制度設計に見直していくこと(遺族年金や在職老齢年金など)、男女の賃金差をなくしていけるように両立支援を進めていくことが論点となりそうです。

参考資料:将来の公的年金の財政見通し(財政検証)厚生労働省



雇用:『労働力希少社会の働き方・キャリア自律・企業対応』
KKM法律事務所 代表弁護士 倉重公太朗 氏  https://kkmlaw.jp/ 
週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」人事・労務部門第1位

では、肝心の雇用環境は今後どのようになっていくのか。ここで問題になってくるのは、今後労働力は減っていき、女性や高齢者の労働力参加も頭打ちになっていくということ。
労働問題に強い弁護士の倉重氏からは「お前の代わりはいくらでもいる」という時代はもうとっくに終わっていて、急速に労働力が減っていく「労働力希少社会」に、労働法はどのように対応していくべきかを解説していただきました。

「労働力希少社会」とは亜細亜大学教授の権丈英子先生が提唱したもの。労働力が減っていくことを労働力不足であるとネガティブに捉えず、労働力の希少性が増すから大事にしようという考え方のもと、労働力をいかに有効に活用するかに向き合って雇用環境を見直していくフェーズになっています。

企業が人材を有効に活用して本当の意味で生産性を上げていくにはどうしたらいいか、現場の視点も踏まえつつ出てきた論点の1つが解雇規制でした。
労働力が急速に減っていく中、企業は生産性のない仕事をしている余裕はないのにもかかわらず、問題社員や給与に見合った成果を出せない社員を解雇することもできず、その対応に相当の時間と労力を割いているという現実があります。希少な労働力を有効活用してより価値を生み出せる状態するためにも、解雇規制に向き合う時期ではないかというお話でした。(※解雇の自由化ではなく、時代に合わせて一定の規制の下の柔軟化を進めていくという議論です)

働く人にとっても、本当の意味で価値提供ができる人材になって社会で活躍できるように、雇用の流動性を高めつつ、適切なリスキリングや雇用のマッチングができる環境にしていくことが重要という意見は説得力がありました。総裁選の動向も含め、建設的な議論が進むことを願っています。

参考記事:「総裁選で争点となる、解雇規制緩和の議論」倉重公太朗 Yahoo!JAPANニュース



■第1部セミナーへのご講評/慶応義塾大学 権丈善一 教授

年金と雇用それぞれの方向性を模索するような発表を受け、セミナーへの講評として慶応義塾大学教授の権丈善一先生に、今後のグランドデザインを考える上でのご意見を伺いました。

キーワードとなったのは「ルイスの転換点」。急速に伸びてきた女性と高齢者の就業者数が限界に近づいてきつつあり、今後は65~74歳の高齢世代の人数も減っていきます。両立支援が進み妊娠・出産を経ても働き続ける人が増えるとしてもその数では賄えず、これから生産年齢人口が急速に減少することは避けられません。
しかしながら、この状況がマイナスになるとは言えず、むしろ賃上げや経済成長というプラスの変化につなげられる可能性もあるのです。

図は、労働力希少社会がもたらす労働市場の変化を表したもので、縦軸が実質賃金率、横軸が労働量です。

ここ30年ほどは、W L という比較的低い賃金で企業は労働量を確保できていました。しかし、高齢者と女性の労働参加がが限界に近づくと、労働量はこれからはL**の方向に減っていきます。すると、これまでW L の賃金から水平に伸びていた労働の供給曲線が、時計と反対回りに回転し、企業はW H のところまで賃金を高くしなければならなくなります。こうした状況から、自然と賃金の上昇、処遇改善といった人を大切にする経営が進展していくと考えられます。

前述した「ルイスの転換点」はイギリスの経済学者アーサー・ルイスが提唱した概念です。社会が農業から工業化に向かっていた時代、農民が工業部門に転職をしていく中で農村の余剰人口が尽いたときに、賃金が上昇し始めるという現象が起きました。現状に置き換えれば、女性や高齢者といった非正規雇用の余剰人口が尽いたときに賃金は上昇していくという、ルイスの転換点に近い状況が起きてくるということです。

今後はひっ迫する労働市場の中で、労働力を一番有効に使ってくれる企業に人が集まります。その中で、時代の変化に対応できず消える企業が出てくることもあるかもしれません。すでに「人手不足倒産」というニュースを耳にしていることからも、もうフェーズは変わっているのだなと。厳しい局面ではありますが、淘汰されることも含め市場にまかせつつ、本当の成長戦略を考えて雇用環境の見直しや処遇改善に向き合うことが求められるのだと思いました。

参照記事:労働力不足は悪い面ばかりではない…「希少」と呼ぼうと提唱する権丈英子・亜細亜大学教授に聞いた



■パネルディスカッションテーマ:『年金と雇用のグランドデザイン』

後半は登壇者間での質疑応答のほか、会場からの質問も受けて様々な議論がされました。国際基準での解雇規制の在り方について、財政検証におけるデータの前提条件について、子ども・子育て拠出金についてなど、幅広いテーマで議論を深めることができて学び多い時間でした。


セミナーを終えて、印象的だったのは何度も出てきた「フェーズが変わっている」という言葉。将来が見通しにくい時代だからこそ、「私たちはこんな未来を目指している」という将来ビジョンを明確にして、変化に向き合うことが大切だと改めて思いました。

明るい将来ビジョンがない中では、現状にとどまる方が良いように感じてしまい、「安い労働力を使い続けたい」とか「扶養内で働いていたい」とか「長く働くのは避けたい」などと考えるかもしれません。ですが、このような選択は短期的には利益があるように見えても、中長期的には厳しい道を選択することになってしまうことは労働力希少社会の議論からも明白です。


また、ライフプランという中長期の視点で見れば、人口が減っていく社会の中で、両立支援と就労延長の環境が整備されることは、多くの人の生活設計を改善することにもつながります。「働く」という選択が家計にもたらすプラスのインパクトについて理解を深めることも重要だと感じました。

以下は、60歳・単身世帯の家計の事例です。ざっくりとしたシミュレーションではありますが、高齢期に就労延長をした場合のライフプランの変化です。

Beforeでは、現状は問題なくともこのままいけば83歳で貯蓄が尽きる状況です。


Afterのように65歳以降も一定程度働き続けることができれば、老後破綻を回避できる可能性はぐっと高まります。

また、以下は40歳・夫婦+子1人の家計の事例で、税や社会保険の扶養の壁を抜けてキャリアアップをした場合の変化です。

Beforeは扶養内で働き続けた場合ですが、今は問題がなくとも教育費や老後資金が不足する可能性があります。


Afterのように子どもの成長に合わせて、壁を飛び越え少しずつでもキャリアアップをすることで、教育費や老後資金などの不足分をカバーできる可能性が高まります。

短期ではなく中長期で見た時に、その選択が本当に企業や家計を豊かにするのかを考え、早い時期から職場環境を見直したり、キャリアアップのための行動を起こしたりすることができれば、「あの時こうすればよかった」という後悔もなく、きっとよりよい未来にすることができるはず。


社労士として企業に関与したり、自分自身がシングルマザーとして育児をしながら働く中で、企業における社会保険料や労務管理の事務負担、家庭における育児と仕事の両立をするための心身の負担は、重く大変なことであることも理解できます。それでも、次の世代にとって良い雇用環境や社会保障制度を残すために、マクロ的な視点を持ちつつ「どうしたらよりよくできるか」を考えて変化に対応していく道を探求していきたいと思いました。

具体的には、
・誰もが希望あるライフプランを描けるように、キャリアアップ支援と生活設計の知識の普及をはかること
・誰もが働き続けられるように、柔軟な働き方ができて、心身ともに健康に働ける職場環境をつくっていくこと
これを続けていくことが、良い未来につながると信じて今後も活動していきたいです。


今後は日本人材マネジメント協会で有志の方と議論を深めつつ、年に1回はこのようなオープンな議論の場を企画して、意見交換をしてまいります。
☆リンク→日本人材マネジメント協会(Japan Society for Human Resource Management =JSHRM)


最後まで、お読みいただきありがとうございました。


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~働き方とライフプランの変化に応じた職場づくりで企業も社員も豊かに~
ウェルス労務管理事務所 佐藤麻衣子

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